新宿・・・
by admin on 2月.17, 2010, under 東京都・歴史・文化
なぜ、新宿の歌舞伎町はいつ
遊びに行っても、人が多いの?
夜でも昼間でもひとが多いですか?
教えてください、コメント宜しくおねがいします。
浅草は東京都台東区内の一地区名で
by admin on 1月.19, 2010, under 東京都・歴史・文化
浅草寺(せんそうじ)周辺の繁華街、盛り場の呼称。
江戸時代から台東区の東部一帯を浅草と総称し、1878年(明治11)区名とされた。
旧浅草区は1947年(昭和22)旧下谷(したや)区と合併し、台東区となった。
東に隅田(すみだ)川が流れ、白鬚(しらひげ)橋、言問(こととい)橋、吾妻(あづま)橋、駒形(こまがた)橋、厩(うまや)橋、蔵前(くらまえ)橋が架かり、墨田区に接する。
西は上野に続く。吾妻橋近くの花川戸から蔵前にかけて隅田川沿いに履き物、玩具(がんぐ)、文房具などの問屋が並ぶ。
蔵前には蔵前国技館(85年両国に移転)があった。東武鉄道伊勢崎(いせさき)線、東京メトロ銀座線(起点)、都営地下鉄浅草線、つくばエクスプレスが通じる。
浅草寺は東京都台東区浅草二丁目にある
by admin on 12月.27, 2009, under 東京都・歴史・文化
東京都内最古の寺院である。
山号は金龍山。
本尊は聖観音(しょうかんのん)。
もと天台宗に属していたが第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となった。
観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」あるいは「浅草の観音様」と通称され、広く親しまれている。
東京都内では、唯一の坂東三十三箇所観音霊場の札所(13番)である。
江戸三十三箇所観音霊場の札所(1番)でもある。
『浅草寺縁起』等にみえる伝承によると、浅草寺の草創の由来は以下のとおりである。
推古天皇36年(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網にかかった仏像があった。
これが浅草寺本尊の聖観音(しょうかんのん)像である。
この像を拝した兄弟の主人・土師中知(はじのなかとも、「土師真中知」(はじのまなかち)とも)は出家し、屋敷を寺に改めて供養した。